古山 有則

26歳🐼軟式野球国体優勝✖️某税理士法人勤務✖️読書1000冊読破📚🐱 ふと立ち寄った書店で、1冊の本と出逢い人生一変。メンタルトレーナー。読書を通じたメンタルトレーニングを行い、あなたの人生を色鮮やかに。

【何度も同じ失敗を繰り返してしまう人へ】

何度も同じ失敗を繰り返してしまう人。

 

自分自身はどうだろうか。

 

何を隠そう私は、「何度も同じ失敗を繰り返してしまう人」だったのだ。

何度も、周りに迷惑かけた。

 

何度も同じ失敗を繰り返してしまう人の共通点は、

①メモを取らない

②失敗から何も学ばない

の2つだ。

 

メモを取らない

ミスを繰り返す人は、とにかくメモを取らない。

メモを取らなくても大丈夫という、大きな自信はいいと思うが、

同じミスを繰り返すと、注意する側も、「メモを取れ」と言いたくなってしまう。

もし、あなたが「同じ失敗を繰り返している」のであれば、今すぐメモをとる癖を習慣化しよう。

また、メモをとっていても、ミスを繰り返している人は、

・メモを見返す習慣がない

・メモを適当にとっていて、見たい時に見返せない

という2つの共通点がある。

「メモを取っていれば、ミスは減る」という過信が原因だ。

 

メモをとるのは、「同じミスを繰り返さない」という目的のためだ。

決して、メモをとることを目的にしてはいけない。

 

失敗から何も学ばない

 

「失敗をした」

この事実を受け、反省はする。

しかし、反省して終わりにしてしまう。

失敗した経験は、そのまま、ゴミ箱行きになってしまっている。

 

大事なのは、失敗から学ぶこと。

「分析力」が求められている。

 

なぜ失敗したのか?

原因はどこにあるのか?

ここに意識を置き、失敗した原因を見つけることに時間をかける必要がある。

 

しかし、悲しいことがある。

社歴とともに、小さい失敗は、「慣れ」によって解決されてしまうことだ。

失敗しなくなるのであれば、いいのでは?という声が聞こえてきそうだ。

 

このような人は、社歴による慣れで解決することを

自分の成長」と誤解している。

その結果どうなるか?

少しでも応用されると、また失敗を繰り返すのだ。

 

学生時代のテスト勉強に似ている。

数学の同じ問題を、何回も解き続けていけば、答えを暗記して解けるようになる。

しかし、テストの時には、類似問題に手も足もでない。

おまけに、「先生、こんな問題、問題集になかったです」と文句を言う始末。

 

重要なのは、同じ問題を何回も解くことではなくて、なぜその解になるのかを論理的に理解すること。

つまり、本質的に、その問題を解けるようになっているかどうかに意識を向ける必要があるんだ。

 

第一、同じ問題は絶対に出ないと思っておいたほうがいい。

数学であれば特にそうだ。

 

話は戻るが、

失敗を繰り返す人は、「本質的な理解」が不足している。

 

理解をせずに、失敗を繰り返しても、

経験のある仕事にしか対応することができないのだ。

 

失敗には、必ず、成功への糸口が隠されている

 

それに気づけるかどうか。

いや、まず、気づこうとするかどうかが重要だ。

 

失敗から突破口を見つけ出せ。

 

決して、「失敗」という貴重な経験を

ゴミの山に刻み込むな。

 

意識すれば、今から変われる。

さあ、失敗して成長しよう。

【私には、真似できない・・・】

ある女性のブログを読んだ。

 

内容というのが、ストッキングの話だった。

記事を読んでいくと、ものすごく興味深い。

 

ストッキングが破れた時に対応法などが書かれていたんだ。

 

正直、ストッキングについてあまり考えたことない。

 

ふと思ったね。

「私には、真似できない」と。

 

私が気付けないことを、ブログから気づかせてもらった。

 

これだけでも、大きな前進だ。

 

まだまだ、人生は楽しくなる。

 

もっともっと自分の人生を楽しくしよう。

【今のために今までがある。】

私は、「今のために今までがある」という言葉に魅力を感じる

 

自分で思った言葉なのか、本の中で出会った言葉なのか、テレビで聞いた言葉なのか、

わからないが、もはやそんなことどうでも良い。

 

「今まで歩んできた人生は、今この瞬間のためにある。」

自分の今までのどんな惨めな経験も蘇える。

抹消したい過去。

自分の心の中の深いパンドラに入れた過去。

それも、含めて、「今」がある。

 

今までの人生の集大成が

「今」なんじゃないか?

もし満足に行った生活をしていないのであれば、

過去を振り返ってみよう。

たくさん妥協したり現実逃避してきたからではないだろうか?

 

今までの人生の集大成が今を作り出している。

まずこれを認めなければ行けない。

 

しかし、「過去を後悔しろ」という意味でこのブログを書いたのでない。

 

過去は過去。

ということは、これからどんどん成長していける。

まずは、あなたがするのは今までの過去を「認めて」あげること。

過去は変えることができないが、「過去の解釈」は簡単に変えることができる。

全て、都合よく記憶をすり替えちゃえ。

過去の解釈が上手くいかない時は、私が最高の過去の解釈をプレゼントしよう。

 

過去の自分をまず認める。

さて、次は、どんな未来を作りたいのか決めよう。

 

未来の目標が定まったら、細かい1歩を考えてみよう。

小さな1歩でも、

確実にあなたが望んだ未来に近づくと知っている1歩なら、

笑顔で頑張れるに違いない。

 

1歩踏み出している途中に仮に本番を迎えてしまったら?

 

その時は大丈夫。

 

「今のために、今までがあるから。」

あなたが生を受けてから、今までの集大成でぶつかってやれ。

それで、ダメだったら?

また1歩踏み出そう。

 

あなたが決めた人生は必ず手に入る。

今の1歩があなたを強くする。

 

世間は、クリスマスだ。

世間に流されずに、私は、未来に繋がる確かな1歩を踏み出している。

 

この文章も、私の生まれて26年の集大成の文章だ。

 

「大した文章じゃない?」

あなたは、平気で人を傷つけるね。

 

それでも、私はダメージを受けない。

 

自分を信じているから。

 

もっと成長できる伸び代をプレゼントしてくれて感謝するよ。

いつもありがとう。

批判があるから、私は成長できている。

さて、年内あとどのくらいブログを書けるか楽しみだ。

 

【1人の時間を確保しろ!】

1人の時間が確保できないと、息苦しい。

1人になりたい・・・。

けど、独りは寂しい。

こんな葛藤をしている。

 

ただ、私たちが住んでいる2017年のネット社会。

 

「1人の時間」という時間は、「積極的」に自分の選択によって

作り出さないと、あなたに訪れることはない。

 

私がメンターに掲げる人は、今の時代に

携帯電話は、常に充電器に挿しっぱなしの放置状態。

常に、充電100%を保つほどの、携帯電話を使わない生活を送っている。

 

私は、これを知った時に、「自分には到底真似できない」ということに気づいた。

しかし、この人に追いつきたい。

追い越したい。

なら、どうするか?

「・・・」

いつもであれば、「真似をする。」と即答する。

ただ、13歳から携帯電話を所持し、今は26歳。

ずっと、携帯電話が半径1メートルの視野に入ることを繰り返して着た私には、

中々のハードルの高さだ。

 

この文章を書いていて、気づいた。

 

私は。「目指しているメンターの真似をしない」という

言い訳を考え、文章を書いていると。

 

私が求めているはずの目標なのに、自らの選択によって目標から遠ざかるのか。

 

私は、先週4日の「スマホ断ち」をした。

その時に、携帯電話を通じて、無駄に時間を使われていて、

時間が、「〜分」単位でではなく、「〜時間」単位で奪われていることを

痛感していたはずなのだ。

携帯電話との距離を考えようと、思っていたのに、スマホ断ちする前と変わらない生活を送っているのだ。

 

「情けない。」

スマホ断ちから、得たものをもっと生かすことができる。

スマホ断ちを4日したという行動したおかげで、手に入った大切な経験だ。

 

しかし、今はスマホで素晴らしい情報に簡単にアクセルすることができるから、活用しない手はないね。

 

そうか。携帯で不必要の情報を見ている暇があったら、

電子書籍で雑誌3冊くらい容易に読め、

ブロブを更新できるはずだ。

私の情報発信を待っている人はたくさんいるのに・・・。

 

話は戻るが、私はこんなことを1人の時間を確保して考えている。

 

もしも、これが1人の時間がなかったら、

うまく考えをまとめる自信は全くない。

「1人だから、自分と向き合って考えることができる。」

 

あなたも、最近成長していないなと感じたら、

1人の時間を確保するところから始めてみると良い。

 

・自分が何に悩んでいる

・何に時間を使われている

自分と向き合う有意義な時間を過ごせるだろう。

 

「独りに時間は寂しいが、1人になりたい。」

矛盾している?そんな読者には、

「矛盾してても良いじゃないか。」という言葉を送りたい。

矛盾って言葉でき、今の世に残っているには、「必要」だから。

「矛盾すること、してしまうこと」も、許そうってことなんじゃないかな。

【私と他人を比べるのは、なぜいけないのか?】

「私」と「他人」

 

あなたも1度は、私以外の誰かと自分を比較したことがあるだろう。

その結果、

優越感に浸ったり、悲壮感を感じたりしたはずだ。

「比較してしまう」という人は多い。

 

「人と比較してしまうことがありますか?」

と10人に質問したところ、5〜6人は、「しています」と現在進行系答える。

2〜3人は、「しません」と答えるが、その人のSNSや言動を考えると

比較していないことは到底信じられない。

おそらく、表面で繕っていると容易に推測できる。

本当に、他人と自分を比較しない人というのは、1割〜2割の人だ。

 

なので、私たちは、80%の人が、「比較しちゃう」わけなんだが、

比較するのがなぜいけないのか?

今回は、他人と比べて落ち込んでしまう人向けに書いていこう。

 

その理由というのは

比較する対象が、その分野で長けている人」だから。

 

私の経験談を話す。

高校時代に数学が大の苦手科目だったが、一所懸命に努力して勉強を頑張った。

その結果、200満点で150点を取ることができた。

平均が120点だったので、高得点だ。

しかし、ここで私は落ち込んでしまった。

それは、なぜか?

数学の得意で170点取っている人と比べてしまったから。

 

ここでのポイントは、「比較する人が、数学の分野で長けてる人」という点だ。

 

また、体育な苦手なクラスメイトは、

「俺なんて、全然ダメだよ・・・」と、体育で成績5しかとったことがない私と比較して、自分のことをダメだという。

 

また、最近では、好きな作家さんの本を読んだ時だ。

テーマが「語彙力」で、自分が聞いたことがない語彙ばかり使われており、

自分の語彙力の無さに落ち込んだ。

たくさん本を読んできたのに・・・・

しかし、作家のプロフィールを読んでみると、「比較対象は、大学時代に、1万冊読む、その後も本を読み続けている文筆家」だ。

 

比較して落ち込んでしまう真面目で不器用な方・・・

 

あなたの比較対象が間違っていると断言する。

 

あなたが比較している相手は、

・あなたが努力だと思って歯を食いしばっていることを、好きで楽しんでいる

・やめなさいと言われても、隠れてやっちゃう

という共通点がある。

 

そんな相手を、引っ張り出してきて

同じ土俵で、戦う?って、

あなたは自ら傷つけにいっているのかな?

 

比較は怖いんだ。

あなたが真面目すぎちゃうから。

InstagramなどのSNSで、友人の幸せなところの見て

落ち込んで大事な休日を過ごす・・・なんてこともあるだろう。

 

でも冷静になって考えて見よう。

SNSに投稿する写真、記事って、「キラキラ」「充実」が相場じゃない?

 

休日に、家でジャージを着て、干物オンナになっている姿を、SNSに投稿している人がどのくらいいるだろうか?

おそらく1割もいないだろう。

 

人生で輝いている瞬間を切り貼りした写真と

 

自分を比べる必要なんかないでしょ。

 

ただ、あなたが真面目すぎて、不器用で繊細で敏感なだけ。

 

人と比べるな、自分の人生を生きろ。

あなたの人生を他人から見たら、すごく輝いている。

 

その輝きを、「比較」にとって、濁らせるのは勿体無い。

 

さて、それでも他人と比較したいなら、ご自由に、存分に比較してほしい。

 

【本番に20%強くなる具体的な方法】

今回は、

「本番に20%強くなる具体的な方法」を公開します。

 

あなたが素敵な人生を歩むには「本番」から逃げることは許されない。

人によって「本番」は違う。

例えば、試合かもしれない、資格試験かもしれない、恋い焦がれる人への告白かもしれない。

あなたにとっての「本番」はなんだろうか。

頭の中に思いついただろうか?

 

それでは、早速具体的な方法を説明するが、先に結論を。

①瞑想する→5% 

②ノートに書き出す→15%

この先は、最後までお付き合い頂ける方へ。

 

①瞑想

マインドフルネスとも言われ、最近ブームの波が押し寄せている。

SNSを見ると、「瞑想トレーナー」という職業ができており、

公園やハンモックで、瞑想を伝授している。

 

私自身、瞑想を日常からしている。

瞑想にも様々なやり方があり、あなたに合う瞑想を実践してほしい。

検索すれば、すぐ出てくる。

 

ちなみに、私は、

A,目をつぶり、「呼吸の数」を1から順に数える。(呼吸は、「吸って、吐く」という行為で1とカウント)

B,「呼吸の数を数える」以外のことを考えていたら、1からやり直す。

というシンプルなものだ。

 

騙されたと思ってやってみると面白い。

10も集中することができないことに驚くだろう。

 

「呼吸に集中する」ことができれば、「本番」という緊張する場面でも、

集中力を保つことができ、望む力が発揮できるのだ。

 

ノートに書き出す。

シカゴ大学でこんな実験がある。

「難しいテストを優秀の生徒に受けてもらう。徐々にストレスを感じてもらうために、正解するごとに20ドルをあげ、不正解ならば、パートナーにお金をもらえないと伝える。」

試験を受ける前に、「ノートを用意し、今思っていることを書いてもらうグループ」と「特に変わったことをさせないグループ」の2つにグループで実験を行う。

 

すると、「ノートに思っていることを書いてもらうグループ」の方が正解率が15%UPしたのだ。

頭に抱えた不安を、目に見えるように書き残すことで、

自分が「何を不安に思っているのか」が具体化し、成果をあげたのだ。

 

心配性の人に補足で、他の問題で、「どちらのグループも特別何も変わったことをさせない」と、結果に差はなかった。

 

①瞑想

②ノートに書き出す

という2つを単純計算で20%と言ってしまったのは、このブログを読んでくれた方に

興味を持って欲しく書いた。

しかし、実際には、どうだろうか?
「20%の成果をもたらす」と私は確信している。

 

データ的な根拠はないが、私はそう思い込む。

思い込むんだ。

なぜって?

 

「思考は現実化するから」

 

今回は以上です。

【傍観者になるな。考えるよりも声を出せ】

いつものように駅で電車を待っている時に、

目の前で人が倒れたら、あなたならどうするだろう。

「忙しいし」

「この電車で行かないと遅刻するかもしれない」

と傍観者になっていないだろうか。

 

ちなみに、様々な研究から、

滅多なことでは、「人は見ず知らずの人を助けるために行動しない」ということが分かっている。

この文章見て、

「私が同じ状況に出くわしたら、行動するわ!」と思っていないだろうか?

誰しも、 

「私は他人とは違う。」

「私なら、もっと上手くやる」

と思ってしまうという研究もある。

 

話を戻そう。

 

「他人を助ける」という行動を決断するまでには、なんと5段階ものステップを要すという。

①まず出来事を認識する

②緊急事態であることを理解する

③自分に問題の対処する責任があるか感じる

④問題に対処するための方法がわかる

⑤行動を決断する

 

目の前で人が倒れてから、脳では

瞬時に、このような思考が巡っているのだ。

文章を書きながら、「もし、私が駅で倒れたら・・・」と思うと

顔が真っ青になる。

 

今では、不満があれば

ツイッターの裏アカウントで呟く。

本垢では言えないことも、裏アカウントなら言えるもん」

元女子大生5名がこっそり教えてくれた。

 

ツイッターが普及しているこの時代だから、

「つぶやくよりも、声を出せ!」と言いたい。

 

勿論、自分自身もだ。

 

目の前に助けを必要としている人がいたら、

行動するために5つの段階を踏むより先に

 

声を出そう。

「駅で倒れている人いる」とツイッターでつぶやいてる場合じゃないだろ。。。

 

つぶやくよりも、声を出そう!

 

「勇気のある行動を直感に従ってできている」という人は、5%に満たないそうだ。

 

言うは易く行うは難しだ。

 

 

つぶやくより声を出そう!傍観者としての人生は真っ平御免だ。