古山 有則

26歳🐼軟式野球国体優勝✖️某税理士法人勤務✖️読書800冊読破📚(2016/3/ 01〜)🐱 ふと立ち寄った書店で、1冊の本と出逢い人生一変。メンタルトレーナー。読書を通じたメンタルトレーニングを行い、あなたの人生を色鮮やかに。【あなたの価値に気づかせてあげます。 】

【「暇」という言葉を恐れてます】

私は、「暇」という言葉を使うのを恐れている。

 

26歳の私は、無駄で厄介なプライドが贅肉のようについてしまったらしい。

 

友人から、「今日、暇?」なんて連絡が来るもんなら、

 

内心、「暇なんかねえよ」と思いながら、

「用事あるんだー」と忙しいことをアピールしてしまっていた。

 

私は、

・寝ること

・読書すること

SNSを見て投稿すること

YouTubeを視聴すること

・ドラマを視聴すること

・家事をすること

など、全て自分の成長には必要なものだと思うし、

全てのことから「学ぶ」ということを意識している。

 

これらは、他人から見たら「暇」という言葉で

片付けられてしまうかもしれないけど、

どこか譲れないものがある。

 

小さいプライド。

けど、大事な価値観。

譲りたくないこだわり。

 

私は、心のどこかで

「忙しい自分」を作り上げているんだけどさ、くだらないなと思った。

 

私は、「忙しい」と自分で思っているだけで

世の中に私より忙しい人なんて、人の数だけいると思う。

 

私の ブログを読んで、

お前なんて・・・。と思う人がいてもおかしくない。

 

私は、「忙しい」という言葉を武器にしているので、

 

もっと要領を良くする努力もしないし

もっと効率を良くする努力もしていない。

 

自分の中で、勝手に「忙しい」という壁を作り上げ、

「その壁があるんだから仕方ねえだろ」と

言わんばかりの態度。

 

これは改めないといけませんね。

 

もっと、やりたいことを溢れさそう。

 

今は、自分のやりたいことが少ないから、

土日の24時間があったら、容易にクリアできてしまう。

 

もっともっと自分のやりたいこと、目標と

真剣に向き合おう。

 

ある文献によると、やりたいことを「35個」用意した方が

自分の行動を加速させることができるという。

 

 

「暇」という言葉に恐る26歳男性の声でした。

 

 

最後までお付き合い頂き有り難うございました。

 

【ダイエットするなら水を飲もう】

ダイエットの記事を書くのは、初めてかな。

 

今回は、ダイエットするなら、「水」を飲もうというお話をしていきます。

 

 

ある研究で次のことが分かりました。

 

「お腹すいたな」と感じたときに

「空腹」でお腹すいたなと感じているのか

体が実際は「水分」を欲しているのか

 

「脳」は区別がつきません。

 

つまり

 

「お腹すいたな〜」と思ったときに

 

本当にお腹がすいているとは限らないってことなんです。

 

単純に、

水分補給が必要って場合があるってことなんですよ。

 

これは、びっくりですよね。

 

ダイエットしているのに、

我慢できずに、おかしを食べてしまっているみなさん。

 

まずは、

「コップ1杯の水を飲んでみませんか?」

 

これだけでも、かなりに効果があります。

 

また、1日3リットルの水を飲んでいる人は、

 

実際に、外見が若く見えるという研究もあります。

 

私も水を2リットルは飲むように心掛けています。

 

まだ、3リットルには到達してません・・・。

 

自分の好きな姿で痛いので、少し体を絞ろうと思っており、

コーラがものすごく好きなのですが

 

少しずつ、水に切り替えるようにしてます。

 

試して見てくださいね

 

 

【筋トレで夢を叶える】

【筋トレで夢を叶える】

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#testosterone #筋トレで夢を叶える


読了。

今、筋トレをしてないあなた。


「変わりたい…」って何回も思ってて

も行動するのって難しいよね。


脳は基本的に「変化」を拒むことが研究から分かっている。

新しいことにチャレンジしようと思ったら、もう一大事。

必死に言い訳を大量生産して、

慣れ親しんだ状態を保とうとする。



筋トレをしていないあなたが、

「少し」でも、筋トレをしてみたら?


今まで選んでこなかった選択肢を

選ぶと、


あなたが

求める人生のドアが開く。


まずは、腹筋5回から。

【気分をガラッと変えるには】

気分が上がらないときは、誰にでもある。

 

上司に怒られた後・・・。

悪い点数の答案が返ってきたとき・・・。

恋人と喧嘩した後・・・。

 

誰でも、気分が優れないときはある。

 

「気分」とどう付き合うかで1日を無駄にすることもあるんじゃないかな。

 

 

そんなときに、気分をガラッとさせる方法がある。

 

 

 

それは、

気分が上がっている自分がするであろうことをする。」

ということ。

 

気分を上げたい方法を聞きたいのに、何を言っているんだと思っている人いるかもしれないが、もう少しお付き合い頂きたい。

 

「気分が上がっているとき自分がするであろうこと」

どんな行動を考えるだろうか。

・笑顔

・背筋ピン

・ガッツポーズ

 

他にもあるだろうが、こんなところだろう。

 

気分が上がらないときは、上記の行動をとって頂きたい。

 

勿論、上司に怒られたときに

「笑顔」になっていたり、「ガッツポーズ」していたり

したら、

おかしい奴と思われてしますので、

周りに人がいないことを確認してから行動することをお勧めしたい。

 

「これで、気分が上がるなんて本当かよ」

と思った人にこれだけは伝えたい。

「騙されたと思ってやってみよう」

 

あなたは行動をしていないから「分からない」ということなんだ。

 

行動したらすぐにわかる。

 

 

気分が上がる→行動(笑顔)

 

気分が上がっているから、笑顔になったり、スキップしたりしていると

あなたは思い込んでいる。

 

しかし、それは思い込みにすぎないことが様々な書籍で証明されている。

 

実際は

 

気分が下がる→行動(笑顔)→気分が上がる

 

脳は、

・気分が上がって行動している

・行動しているから気分が上がっている

この2つを区別つかない。

 

だから、気分が上がらないときは

気分が上がっているとき自分がするであろうこと」をしてみよう。

自然と気分が向上するに違いない。

 

ここまで読んでくれた読者にはお気づきかもしれないが、

1つだけ注意点を伝えておこう。

 

「気分が下がっているときに自分がするであろうことをしてはいけない」ということ。

あなたが原因もなく、気分が下がっているとしたら、

例えば、

・ため息

・背中が丸まっている

・下ばかり向いている

などをしている可能性がある。

この場合には容易に絶不調になってしまう。

 

さて、あなたは今どんな気分になりたい?

気分を上げる方法は知ったわけだから、

あなたは

気分をあなたの「選択」によって自由自在に操ることができる。

 

 

さあもう一度

あなたはどんな気分になりたい?

【文章を書こう】

書かなきゃ始まらない。

 

ふとそう思った。

平日に余裕が全くない私は、大好きなブログを書くことも

億劫になっていた。

 

「こやさんの書く文章好きです」

と言われ、更新スピードフル回転だった私からすると、

同じ人物なのか?と疑問さえも感じる。

 

ただ、文章を書かないときでも

浴びるようなインプットは欠かさなかった。

 

今、ブログを書いてアウトプットしているのも、

浴びるほどのインプットのおかげと信じて疑わない。

 

 

「私は文章を書いて生きていく」

と決めている。

 

なのに、更新できずに苦しんでいた。

 

自分では意識していない水面下で

「素敵な文章をお届けしたい」

と強く望みすぎた結果、パソコンを触ることからも

遠ざかっていた。

「周りにうまい文章だな」と思われたいという願望があったのかもしれない。

 

勝手にプレッシャーを感じていたのかもしれない。

 

今こうやってブログを書いているのは、これといった出来事はないが

 

私の中で思考が落ち着いたからなんだと思う。

 

 

 

「私には価値がある」

そう思ったことは何回もある。

しかし、心の底から信じれていなかった。

 

いや、「信じられなかった」と言った方が表現は正しいのかもしれない。

 

でも、この度、心の底から

「私には価値がある」と思えた。

というのは、

 

「私にしか経験していないことが山程ある」と気づいたから。

 

会社に属し、仕事をしていると

「お前の代わりなんかいくらでもいるぞ」と言われる。

まして、退職すると、次の担当者が業務を引き継ぎ

何事もなかったように仕事が周り出す。

勿論、組織であればそれこそが、

会社が存続していく仕組みなのだと思う。

もしも私が会社を作るのであれば、そのような組織を作らなければならない。

 

 

でも、

私は心にぽっかり穴が空いたような寂しさを感じる。

 

 

 

「私には価値がある」

 

 

私は、

 

今まで生きてきた26年分の様々な「学び」「経験」「成功」「失敗」

を発信できると確信している。

 

しかし、残念なことにこの思いは

自分の中でいくら思ったところで相手には伝わらない。

恋愛と一緒。

相手を強く思っても

「好き」と言わないと相手には本当の気持ちは伝わらないだろう。

「好き」という2文字を伝えられずに、その恋愛を終えた人は

人の数程いるだろう。

 

私の今まで人生経験を

様々な人に「真剣」に届けたい。

何かのヒントになるかもしれない。

 

 

そう思ったら、

私の場合は「文章を書こう」という結論になったわけ。

 

うまい文章を書こうと思わないから読んで頂いている方に

ご迷惑お掛けすると思いますが、今後とも

どうぞ宜しくお願い致します。

 

私の文章をあなたに届けよう。

 

目標は、ひとまず1000記事です。

 

最後まで読んでくれてありがとうございました。

 

私の人生は書かなきゃ始まらないみたい。

 

 

【それはGIVEなの?。今自分はどっちになっているのか。】

GIVE。

「与える」

世間は、ギブギブギブしろってなっているもんだから、

自分が「ギブ」しているのか考えてみた。

 

 

赤裸々に話すから、「バカだなあ」と思いながら読み進めていって頂けると嬉しい。

 

 

さて、私のプログを読んでくれているあなたなら、

私が無類の本好きと言うことは言うまでもないだろう。

 

時間があれば本を読んでいるし、

気づいていると本屋に足を運んでいることが多いんだ。

 

友人の誕生日には、本をプレゼントする機会が多い。

誕生日以外にも、

友人に合う本があったら、特別の日でもなんでもないのに

本をプレゼントしたりする。

 

「誰かのことを考えながら、本を選ぶ」

誰にも邪魔させずに、本を選ぶ時間。

この上なく好き。

 

たくさん本が並んでおり、その本を吟味しながら

好きな人とマッチングするイメージ。

 

本と友人のこと考えてマッチさせるって、

婚活パーティーでも企画している気分になる。

 

 

友人の笑顔を考えながら、

「この文章にきっと、心踊るに違いない」

なんて思いながら、ルンルンな気持ちになるんだ。

 

ここまでは、GIVE。

 

友人に本をプレゼントすると、十中八九喜んでくれる。

 

でもね、

プレゼントした本に関して、

なんのアクションもない。笑

 

「もらった本のここが良かったよ」

「この1文めっちゃ良かった」

などの連絡があってもおかしくないもの。

ただ連絡はこない笑。

 

なんなら、既読スルーされるもんだから

乙女になってしまう。

スマホを握り占めて、

「んだよ。笑 連絡こねーー」ってね笑。

 

器が小さいのがバレてしまうな。

 

 

このブログを読んだら、

「私からプレゼントされた人」から連絡が来そうだが、

別に怒っているわけとかじゃないからね。

 

こうやって本音を打ち明けるには、ものすごく恥ずかしいんだけど

 

「口には出さないけど、

見返りを求めている自分がいる」

 

本をプレゼントしているから、

「自分と仲良くしてくれて当然だ」なんて思ったこともある。

 

これって、もうGIVEじゃないよね。

 

紐付きのGIVE。

賄賂といってもいいな。

 

 

だから決めた。

本をプレゼントするのは続けていくが、

 

それに、少しでも「相手に見返り」を求めたら、

 

プレゼントするのをやめる。

 

「少しでも」見返りを求めたら

プレゼントするとか意味ないからね。

 

いやらしい気持ちになったら、立ち止まろう。

 

これは、プレゼントの話だけじゃない。

 

SNSやメールで

「優しい言葉」をかけたりするんだけど、

 

これも、自分への「見返り」を少しでも求めていたら

やめてやる。

 

だったら、優しい言葉じゃなくて

本音言ってやんよ。

(相手は私の本音を求めているのか、それとも、優しい言葉を求めているのか。どっちでもいい。相手への「下心」が芽生えたら、本音を伝えよう)

 

はい。

最後までお付き合い頂きありがとうございます。

 

あなたは、

純粋な意味で GIVEしてますか?

 

紐付きの GIVEじゃありませんか?

 

まずは、現状を認めよう。

 

純粋な意味でGIVEできるように

私と一緒に成長していこう。

 

 

 

 

 

【正論は刃物になりうる。】

正論は刃物になりうる。

 

先日、私はある悩みを友人に相談したんだ。

ん?

相談?

違う。

 

私の中で結論は出ていたもの。

友人が心配してくれていたから、「報告」しようと連絡したんだ。

 

 

そこで、

私は、たくさん「愛のある正論」を浴びた。

 

素直に嬉しい。

 

 

私のことを思ってくれている。

そんな気持ちが伝わってきて、胸が熱くあった。

この場を借りてお礼を言いたい。

ありがとうございます。

 

うん。

友人にたくさん「愛」を受け取ったわけなんだが、

私の心がどうにも晴れない

 

たくさんの愛

たくさんパワー

をもらってるはずなのに、モヤモヤが止まらない。

 

自分がした決断を「否定」されたとさえ感じてしてしまった。

もちろん、友人は

そんなつもりはないと思う。

 

自分の中で、

「納得いかない」

「腑に落ちない」

そんな気持ちで胸が一杯だ。

 

嬉しい、感謝という思うの裏で

 

私は葛藤していたんだ。

 

 

ただ感じたことは、

「正論は刃物になりうる。」ってことなんだ。

 

今回、私は友人に「報告」をした。

「相談」をしたわけじゃない。

 

私の中で、友人に対して求めていたのは

「共感」

「私もその選択したと思うよ。」

ってことなんだと思う。

 

私の中で、それ以外の答えは、

外れ。

不正解。

 

自分に余裕がないときの

正解はここまで狭いのか・・・と自分でも

この記事を書きながら驚いてしまった。

 

でも、日常でもありふれている話だと思う。

 

例えば、

学生時代に、親にテストの点数を聞かれた際に

自分の点数と一緒に、

自分より点数の低い友人と自分より低い平均点を言うのってマストだと思う。

こうやって書くと、いやらしいが、無意識でやっている人って多い。

テストと上手な親への報告の仕方って、正解が狭い。

 

また、批判されそうだが、

無料アプリで夜中にかかってくる電話は

相談されているようで、

求められているのは

「ただ聞く」のみ。

ここで、自分の意見を言おうものなら、

相手の機嫌を損ねてしまう・・・。

正解が狭い。

 

話を戻すが、

自分が悩んでいるとき

すなわち、自分に驚くほど余裕がないときは

 

「正論」で来られると、辛い。

 

ただ、最後に友人に言われた

 

どんな結果になったとしても、お前を選んだ方を応援するよ

 

と全面肯定に、心を救われたんだ。

 

ありがとう。