古山 有則

26歳🐼軟式野球国体優勝✖️某税理士法人勤務✖️読書800冊読破📚(2016/3/ 01〜)🐱 ふと立ち寄った書店で、1冊の本と出逢い人生一変。メンタルトレーナー。読書を通じたメンタルトレーニングを行い、あなたの人生を色鮮やかに。【あなたの価値に気づかせてあげます。 】

【それはGIVEなの?。今自分はどっちになっているのか。】

GIVE。

「与える」

世間は、ギブギブギブしろってなっているもんだから、

自分が「ギブ」しているのか考えてみた。

 

 

赤裸々に話すから、「バカだなあ」と思いながら読み進めていって頂けると嬉しい。

 

 

さて、私のプログを読んでくれているあなたなら、

私が無類の本好きと言うことは言うまでもないだろう。

 

時間があれば本を読んでいるし、

気づいていると本屋に足を運んでいることが多いんだ。

 

友人の誕生日には、本をプレゼントする機会が多い。

誕生日以外にも、

友人に合う本があったら、特別の日でもなんでもないのに

本をプレゼントしたりする。

 

「誰かのことを考えながら、本を選ぶ」

誰にも邪魔させずに、本を選ぶ時間。

この上なく好き。

 

たくさん本が並んでおり、その本を吟味しながら

好きな人とマッチングするイメージ。

 

本と友人のこと考えてマッチさせるって、

婚活パーティーでも企画している気分になる。

 

 

友人の笑顔を考えながら、

「この文章にきっと、心踊るに違いない」

なんて思いながら、ルンルンな気持ちになるんだ。

 

ここまでは、GIVE。

 

友人に本をプレゼントすると、十中八九喜んでくれる。

 

でもね、

プレゼントした本に関して、

なんのアクションもない。笑

 

「もらった本のここが良かったよ」

「この1文めっちゃ良かった」

などの連絡があってもおかしくないもの。

ただ連絡はこない笑。

 

なんなら、既読スルーされるもんだから

乙女になってしまう。

スマホを握り占めて、

「んだよ。笑 連絡こねーー」ってね笑。

 

器が小さいのがバレてしまうな。

 

 

このブログを読んだら、

「私からプレゼントされた人」から連絡が来そうだが、

別に怒っているわけとかじゃないからね。

 

こうやって本音を打ち明けるには、ものすごく恥ずかしいんだけど

 

「口には出さないけど、

見返りを求めている自分がいる」

 

本をプレゼントしているから、

「自分と仲良くしてくれて当然だ」なんて思ったこともある。

 

これって、もうGIVEじゃないよね。

 

紐付きのGIVE。

賄賂といってもいいな。

 

 

だから決めた。

本をプレゼントするのは続けていくが、

 

それに、少しでも「相手に見返り」を求めたら、

 

プレゼントするのをやめる。

 

「少しでも」見返りを求めたら

プレゼントするとか意味ないからね。

 

いやらしい気持ちになったら、立ち止まろう。

 

これは、プレゼントの話だけじゃない。

 

SNSやメールで

「優しい言葉」をかけたりするんだけど、

 

これも、自分への「見返り」を少しでも求めていたら

やめてやる。

 

だったら、優しい言葉じゃなくて

本音言ってやんよ。

(相手は私の本音を求めているのか、それとも、優しい言葉を求めているのか。どっちでもいい。相手への「下心」が芽生えたら、本音を伝えよう)

 

はい。

最後までお付き合い頂きありがとうございます。

 

あなたは、

純粋な意味で GIVEしてますか?

 

紐付きの GIVEじゃありませんか?

 

まずは、現状を認めよう。

 

純粋な意味でGIVEできるように

私と一緒に成長していこう。

 

 

 

 

 

【正論は刃物になりうる。】

正論は刃物になりうる。

 

先日、私はある悩みを友人に相談したんだ。

ん?

相談?

違う。

 

私の中で結論は出ていたもの。

友人が心配してくれていたから、「報告」しようと連絡したんだ。

 

 

そこで、

私は、たくさん「愛のある正論」を浴びた。

 

素直に嬉しい。

 

 

私のことを思ってくれている。

そんな気持ちが伝わってきて、胸が熱くあった。

この場を借りてお礼を言いたい。

ありがとうございます。

 

うん。

友人にたくさん「愛」を受け取ったわけなんだが、

私の心がどうにも晴れない

 

たくさんの愛

たくさんパワー

をもらってるはずなのに、モヤモヤが止まらない。

 

自分がした決断を「否定」されたとさえ感じてしてしまった。

もちろん、友人は

そんなつもりはないと思う。

 

自分の中で、

「納得いかない」

「腑に落ちない」

そんな気持ちで胸が一杯だ。

 

嬉しい、感謝という思うの裏で

 

私は葛藤していたんだ。

 

 

ただ感じたことは、

「正論は刃物になりうる。」ってことなんだ。

 

今回、私は友人に「報告」をした。

「相談」をしたわけじゃない。

 

私の中で、友人に対して求めていたのは

「共感」

「私もその選択したと思うよ。」

ってことなんだと思う。

 

私の中で、それ以外の答えは、

外れ。

不正解。

 

自分に余裕がないときの

正解はここまで狭いのか・・・と自分でも

この記事を書きながら驚いてしまった。

 

でも、日常でもありふれている話だと思う。

 

例えば、

学生時代に、親にテストの点数を聞かれた際に

自分の点数と一緒に、

自分より点数の低い友人と自分より低い平均点を言うのってマストだと思う。

こうやって書くと、いやらしいが、無意識でやっている人って多い。

テストと上手な親への報告の仕方って、正解が狭い。

 

また、批判されそうだが、

無料アプリで夜中にかかってくる電話は

相談されているようで、

求められているのは

「ただ聞く」のみ。

ここで、自分の意見を言おうものなら、

相手の機嫌を損ねてしまう・・・。

正解が狭い。

 

話を戻すが、

自分が悩んでいるとき

すなわち、自分に驚くほど余裕がないときは

 

「正論」で来られると、辛い。

 

ただ、最後に友人に言われた

 

どんな結果になったとしても、お前を選んだ方を応援するよ

 

と全面肯定に、心を救われたんだ。

 

ありがとう。

 

 

 

 

【些細な才能】

誰しも才能という武器を持ち合わせている。

 

私は、「本を読める」ことが才能のようだ。

 

というのも、本を1年と半年で800冊読んでますと、周りに告白すると

驚かれる。

しかも、社会人をしながらも継続していますと言うと、また驚かれる。

 

「暇なの?」という声も飛んでくるが・・・。

 

私は、好きなことなので、本を読むことの優先順位が高く、率先して

本を読む。

 

周りからすると、「本を読む」ことの優先順位はそこまで高くなく、

社会人になって時間に制約ができ、

本を読むこと自体辞めてしまったと数多くの人から聞いた。

 

私にはどうやら、「本を読む」と言う才能がある。

確信している。

 

ただ、「本を読む」ことを評価されがちだが、

「本を読んでいる」ことは別に偉いことでもなんでもないと思う。

 

私のイメージは

 

「本を読む」ことによって、

何を「学ぶ」かが第1段階。

 

それをどのように、自分に「落とし込む」のかが第2段階。

 

そこで終わらず、

学んで、理解したことを

実践する」かが第3段階だ。

 

「学び」→「落とし込み」→「実践する」

 

「本を読む」ことだけに焦点を当ててしまうと

「学んで終わり」と言う頭でっかちになってしまう。

 

たくさんの本から学んだことも、

「見たことあるな」

「読んだことあるな」

という感覚で終わっていたら全くだめ。

 

あくまで焦点を当てるべきは、

第2段階の「自分自身に落とし込む」ことと

第3段階の「実践する」ことなんだ。

 

私は幸いにも、「本を読む」という才能を持ち合わせているので

 

第1段階を軽々こなすことができる強みがある。

 

些細な才能に気づくことができた1ヶ月だった。

 

 

 

【立ち直る。自分の存在価値を疑ってしまった。】

今回は、「自分の存在価値を疑ってしまった」ことがある人、

また事前に予習したい方向けに書かせて頂きます。

長くなりますが、お付き合いして頂くと嬉しく思います。

 

私は大学院を修了し、就職をした。

先日、社会人になり1年が経過した。

不器用な私は、たくさん周りに迷惑をかけてしまった。

・スケジュール管理

・先延ばし

・知識不足

・自分勝手

挙げたらキリがない。

 

いつも直前にバタバタ。

「知りませんでした」

「できると思ってました」

「勘違いしてました」

こんな言い訳を繰り返してきた。

 

ブラック企業

という言葉を良く耳にするが、

私は「ブラック新入社員」だったと思う。

 

社員数200人弱。

その中の米粒。

 

私は、仕事ができないし、いじられキャラってのもあって、

「早く仕事やめろ」

なんて言われてる。

ただ、確かにそれぐらいの仕事しかしていなかったと思う。

 

自分を責め、500円ほどの円形脱毛症にもなった。

 

いつしか自分の「存在自体」を疑うようになっていったんだ。

 

自分なんて会社にいる価値あるのかな。

そう思って、

外回りに最中に、家に戻って休んでいたこともあった。

 

連絡来ず・・・。

 

毎日怒られ、心はどんどん荒んでいった。

 

しかし、周りには、元気に振る舞う。

それが自分のキャラだからってね。

自分に必死に言い聞かせて。

会社用の「顔」を作り上げていた。

 

ある日、気づきたくないことに気づいてしまった。

 

「私の代わりなんていくらでもいる。」

 

そう思ったら、

心が苦しくなった。

もちろん会社から見ると、代わりを育成していかなければいけないけどね。

 

じゃあ、私がこの組織に意味ある?

 

「自分の存在価値ってなんだろう」

別に、会社で「友達」なんていないし。

 

なんてね。

ずっと、そんなことを思っていたんだ。

 

でもさ、

仕事できないことと

「自分の存在価値を疑う」を一緒に考えているのっておかしくないか?

って思ったんだ。

 

仕事ができない私にも、

親友」という存在はいてくれている。

 

仕事ができない私にも、

仲間」という存在はいてくれている。

 

 

ある日上司に仕事終わりに、ご飯に誘われた。

移動の時期だったので、

これは異動なんだ・・・と思い、明らかに落ち込んだ様子で待ち合わせ場所に向かった。

 

それで、様々な話をした。

私の最近の様子を見て、「辞める」のではないか

心配してくれたようだった。

口には言ってなかったけど、そう察した。

 

自分のことを見てくれている人は

「必ず」いるんだ。

 

しかも、些細なことまで見てくれている人ね。

 

 

自分は存在しているだけで価値がある。

 

もっと自分を認めていい。

 

自分のことを疑うから、言動に現れる、行動に現れる。

 

「自分への疑い」が全てを狂わせる。

 

どんなに仕事で失敗して

 

否定されたとしても、自分を責めなくてもいい

 

心をもっと大切にしないといけないと

再認識させられた。

 

そもそも

自分には価値がある。

この前提でこれから歩んで行こう。

 

たくさんの

素敵な経験をしてしまった。

 

 

 

 

【メンタルゴリラ/トレーニングver.1】

草野球チーム「メンタルゴリラ」の近況報告。

グループに入っていないと見れないと思うので。

 

___

試合で勝つことを真剣に考えました。

まずは、毎日「ストレッチ」から始めよう。

 

・怪我予防

毎日5分から続けよう。

___

「2つの質問」

 

・特にどこを伸ばした方が良いですか?できれば簡単なストレッチ法を具体的に教えてください。

→野球で大事なのは下半身。

 いきなり走って肉離れを起こすケースが多いんだよね。

 みんなの知っているストレッチでいいと思う。

 (ストレッチの専門的なことには私にはわからない。)

 太ももとふくらはぎを伸ばすことを意識してね。

 

 

・寝る前に「ストレッチやるぞ」ってなって続かないことが多いのですが、それは

 そうすれば良いと思いますか?

→オススメは、「なにかをしながらストレッチ」かな。

 好きな人の音声を聞きながら、キャプテンからアニメメジャーを見るように指示が

 あるから見ながら〜。

 ストレッチだけをするんじゃなくて、「学び」と「ストレッチ」の

 一石二鳥を目指したらどうかな?

 

 

草野球をこれからも続けていく中で、怪我をしない体作りが重要だと思う。

1日5分でも良いから、「怪我予防」に時間を使おう。

怪我をしないことがチームの力になる。

【無口の人に話してみよう】

今回は、「無口の人に話してみよう」というテーマで書いていく。

 

パーティー

セミナー

コミュニティ

にいる無口の人と、あなたは話そうと思うだろうか?

 

話が盛り上がっている中で、その和から少し離れたところにいる人。

 

私は、最近積極的に話すようにしている。

 

というのも、

「無口の人も話したがっている」ってこと。

私も少し人が多いところが苦手だから、盛り上がっている和に入りたいとは

思うものの、実際には入れないという葛藤があった。

 

ただ別に自分を大切にしようと思い、

本当に入りたい時は、勇気を出して和に入り、そこまでいいかなという

時は、和に入ったりしないようになった。

 

誰しも自分の話を話をしたいもの。

いわば承認欲求

 

誰しも持ち合わせいる「認められたい」という欲求

 

また、無口の人は、何かに打ち込んでいることが多い。

「孤独」の中、自分磨きに熱中している場合が多い。

 

 

私も、無口の人に話して、

大いに話が盛りがったケースが少なくない。

 

自分に普段話さない人って、素敵な刺激をくれる。

 

私は、普段の生活から意識して

無口の人と話すようにしている。

 

 

【「ブログ読んでます」と言われて感じたこと。】

 

仲間の1人に、「ブログ読んでます」と言われた。

 

Facebookにも、このブログのリンクを貼っているが、その人がまさか読んでくれているとは、正直考えていなかった。

 

続けて、「こやさんの書く文章には力を感じます。」と言ってくれた。

 

思わず、笑みがこぼれてしまった。

 

私がブログを書くようになったきっかけは、

 

親友の一声である。

 

「なんで、いいもの持っているのに、発信しないの?」

 

「有則(私のこと)の言葉で救われる人って必ずいるよ」

 

親友は、背中を押してくれるプロフェッショナルである。

 

彼のおかげで、私は思っていることをブログで書くようになった。

 

すると、

今回もそうだが、「ブログ読んでます」や「新しい気づきをありがとう」など

多くの人から感謝されることになった。

 

私の書いた文章を読み、何かしらの影響を受けている。

 

私の文章に、「力」を感じてくれるらしい。

 

私自身は、大したことを言っていない。

 

数年前に、ブログを書いている時期があったが、

いい文章を書こうと思いすぎて、続かなかった。

 

今は、力まずに、自分の思っていることを書くだけで

価値を感じてくれている人がいる。

 

 

 

私は、著者になって本を出し続けるという目標がある。

 

もっともっと、文章を書く量を増やさないといけない。

 

学びもそうだと思う。

 

ネタ切れするぐらいだだったら、著者になって飯が食えるわけがない。

ネタ切れするぐらいだったら、本を書いていこうなんてえ思わない方がいい。

 

うん。

 

しっかり自分のやりたいことと向き合わないといけないな。

 

自分だけにしかできないことをしていきたい。

 

もっともっと、自分を磨こう。

もっともっと多くの人に影響を与えよう。